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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9751号 判決 1974年3月05日

原告(反訴被告) 高橋芳三郎

被告(反訴原告) 梶原茂

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の建物を収去して同目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四五年一〇月一三日から右明渡ずみに至るまで一か月金一七一八円の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。

三  反訴原告(被告)の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、第一項にかぎり、原告(反訴被告)において金一〇〇万円の担保を供したときは、仮に執行することができる。ただし被告(反訴原告)において金一五〇万円の担保を供したときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)

1 被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)は原告に対し、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して同目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を明渡し、かつ昭和四五年一〇月一三日から右明渡ずみに至るまで一か月金三二三〇円の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  被告

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  被告

1 本件土地について、被告が原告に対し、賃料一か月金一七〇〇円、二か月分当初月月末持参払い、期限昭和六二年七月一一日の定めの、建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告

主文第三項と同旨

第二当事者の主張

一  本訴の請求原因

1  原告は、昭和二二年高橋つやから本件土地の贈与を受け、登記簿上は、昭和三二年八月二一日に、同年七月三〇日贈与を原因とする所有権移転登記を経由した。

2  被告は、本件土地上に本件建物を所有して本件土地を占有している。

3  よつて原告は、本件土地の所有権に基づき、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月一三日から右明渡ずみに至るまで月三二三〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

二  本訴の請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち贈与の日時を否認し、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち損害金の額を争う。

三  本訴の抗弁、反訴の請求原因

1  賃借権の時効取得

(1)  訴外東京地方鉱業会連合会(旧名称、関東信越鉱業会。以下「連合会」という。)は昭和二三年末ごろ高橋つやの代理人である原告から、本件土地を、賃料一か月七〇〇円、二か月分後月月末取立払いの約束で、期間の定めなしに賃借し、昭和二五年初めごろその地上に職員用住宅として本件建物を建築し、職員の中村豊を入居させた。もつとも土地賃借証書や本件建物の保存登記には右中村の名義を使用したが、それは連合会が法人格のない団体であるため、名目上したことがらにすぎない。

(2)  被告は昭和二九年二月から連合会の代表役員である常務理事として本件土地建物の機関占有をし、ことに昭和三二年七月一一日には、すでに退職していた中村から被告の名義に本件建物の所有権移転登記を受け、連合会の占有機関として賃借の目的で本件土地の占有を始め、右占有を始めるにあたり過失はなかつた。そして、昭和四〇年四月連合会を退職した際に、退職金がわりに本件建物を本件土地の賃借権とともに譲り受け、その後は名実ともに本件建物の所有者となり、賃借の目的で本件土地の占有を継続してきた。

(3)  本件土地の賃料は、中村豊名義で連合会が賃借して以来、昭和三五年一〇月分まで、本件建物に連合会の職員として居住していた中村豊、次いで番場征らが、賃料を取立てに来た原告の代理人佐藤栄一に、連合会の補助機関として支払つてきた。その後は原告が賃料の受領を拒絶したので、昭和三五年一一月分から昭和四〇年三月分までは連合会が、昭和四〇年四月分からは被告が、二か月分(まれに三か月分)ごとにまとめて供託を続けてきている。

(4)  それゆえ、(イ)被告は本件建物につき所有権移転登記を受けた昭和三二年七月一一日から本件土地を賃借の目的で占有していた者として、同日から一〇年を経過する昭和四二年七月一一日の満了とともに本件土地の賃借権を時効によつて取得した。(ロ)仮に被告が本件建物を譲り受けた昭和四〇年四月より以前の占有が直接占有と認められないとしても、被告はその間の連合会の占有を承継したものであるから、やはり昭和四二年七月一一日の満了とともに本件土地の賃借権を時効によつて取得した。(ハ)仮に占有の始め無過失でなかつたとしても、連合会は本件建物の保存登記の日である昭和二五年七月一四日から賃借の目的で本件土地の占有を始め、被告はその占有を承継したものであり、また、同日から昭和二七年四月までの中村の居住期間中は連合会に占有がなかつたとしても、連合会は右期間中の中村の占有を承継し、被告は連合会からさらにこれを承継したものであつて、被告は、連合会または中村の占有開始の日である昭和二五年七月一四日から二〇年を経過する昭和四五年七月一四日の満了とともに本件土地の賃借権を時効により取得した。

(5)  なお本件土地の賃料は、三・三平方メートル当り月五〇円、すなわち一か月一七〇〇円(正確には一七一八円)が適正であり、被告は昭和四四年五月分以降の賃料については月一七〇〇円の割合で供託している。

2  権利濫用の抗弁(仮定抗弁)

原告は、本件建物につき被告名義の所有権移転登記がなされた昭和三二年七月一一日の約一か月後に、地上に被告所有名義の本件建物があること及び賃借権の存在することを知りながら、本件土地を取得し、同年八月二一日に所有権移転登記を経由した。そして、昭和三五年一一月ごろ、賃借人が連合会であることに変りはないのに、中村の名義から被告の名義への書替えについて承認料を要求し、その後の連合会から被告への賃借権譲渡についても、占有機関がそのまま譲り受けたもので背信性がないのに、正当の理由なしに譲渡の承諾を拒否し、しかも賃借人に対しては賃貸借契約の解除もしないまま放置し、一〇余年も所有権行使をしないでいたのであつて、現在にいたり本件土地の明渡を求めるのは権利の濫用である。

3  したがつて原告の請求に応じることはできず、かえつて原告との間において、被告が原告に対し、本件土地について、賃料一か月一七〇〇円、二か月分当初月月末持参払い、期限昭和六二年七月一一日(昭和三二年七月一一日から三〇年)の、建物所有を目的とする賃借権を有することの確認を求めるため反訴に及んだ。

四  抗弁、反訴の請求原因の認否

1  1の(1) の事実のうち、本件建物に中村が入居したこと、土地賃借証書と本件建物の保存登記に中村の名義が使用されたことは認めるが、連合会が本件土地を賃借し、本件建物を建築したとの点は否認し、連合会の性格及びこれと中村との関係は知らない。原告は昭和二五年一二月一日中村豊に本件土地を賃貸し、同人が本件建物を建築所有していた。

同(2) の事実のうち登記の点は認め、その余は知らない。

同(3) の事実のうち中村及び番場からの賃料の受領、連合会からの賃料の受領拒否、供託の点は認め、その余は否認する。

原告は、当初は中村から、昭和二五年五月三〇日番場への名義変更の申出を受けてこれを了承したのちは右番場から、いずれも同人らを賃借人として賃料の支払を受けていたところ、昭和三五年一一月ごろ連合会から直接賃料を支払う旨の通知があり、原告としては連合会とは何の関係もないのでその受領を拒絶したものである。

同(4) の主張は争う。ただし(ハ)の本件建物の保存登記の日時は認める。

同(5) の供託の点は認め、その余の主張は争う。

2  2の権利濫用の主張は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一  原告が高橋つやから本件土地の贈与を受けてこれを取得し(その日時の点は除く)、原告主張のとおりの登記を経由したこと、及び被告が本件建物の所有により本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の賃借権の時効取得の主張について判断する。

1  被告はまず、本件建物が被告名義に登記せられた昭和三二年七月一一日から一〇年にわたり賃借の目的で本件土地の占有を継続していたと主張する。しかしながら、被告の主張によれば、本件建物につき被告名義への所有権移転登記がなされたのは、真の所有者である連合会が法人格のない団体であり、連合会の名義で登記を受けることができないためになされた名目上のものであり、被告はその所有者ではなかつたというのであるから、本件建物が被告の名義に登記せられたというだけでは、被告が本件土地を占有していたものとしがたいばかりでなく、その段階では、被告は自己のためにではなく、連合会のために賃借する意思をもつて占有していたにすぎないのであるから、被告が連合会を退職して本件建物とともに本件土地の賃借権を譲り受けたという昭和四〇年四月までは、被告が自ら賃借する目的で本件土地を占有していたものとすることはできない。したがつて被告の右主張は理由がない。

2  被告は次に、連合会の占有を併せて一〇年あるいは二〇年の占有を継続したと主張する。しかしながら、賃借権の時効取得を主張する占有者は、承継が相続によるとき、その他特段の事情のある場合を除いて、時効期間中自ら直接または間接に占有を継続することを要し、前主の占有を併せて主張することは許されないものと解するのが相当である。なぜならば、もし前主の占有を併せて主張する賃借権の時効取得を認めるとしても、起算日すなわち前主の占有開始のときに遡つて前主が賃借権を取得し、現在の占有者がその占有を承継したときにその賃借権を取得するという効果を認めうるにすぎず、前主から現在の占有者への賃借権の移転につき貸主の承諾があつたとする効果までを認めることはできないから、現在の占有者の賃借権はこれをもつて賃貸人に対抗できないことになり、そのような権利にすぎない賃借権の時効取得を認めることは、時効制度の趣旨に合致しないからである(仮に、この場合も現在の占有者の賃借権をもつて賃貸人に対抗できるとすると、時効取得の成否は占有者が無権利者かどうかを問わないのであるから、適法な賃借人が占有を始めてから一〇年の時効期間が完成する直前に賃借権を譲渡した場合、譲受人は賃借権の時効取得を主張することによつて、賃貸人の賃借権譲渡の承諾がないのにもかかわらず、自己の賃借権を賃貸人に対抗できるという不合理な結果を招くことになる。)。

これと異つた見解にたつて、連合会の占有を併せて主張する被告の賃借権時効取得の主張は、主張自体採用することができない。

三  次に権利濫用の抗弁について判断する。

被告本人尋問の結果及びこれにより成立を認める乙第二号証によると、被告は昭和二九年二月ごろ連合会の常務理事に就任したが、昭和四〇年三月連合会の機構縮少に伴つて退職し、同年六月一四日連合会から退職金一二〇万円の一部の支払にかえて本件建物を本件土地の賃借権とともに譲り受けたことが認められる。

被告は、右賃借権の譲受けにつき、原告の承諾をえていないが、連合会の占有機関である被告がそのまま譲り受けたのであるから、背信性がないと主張し、昭和三二年七月一一日本件建物について被告の名義に所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いのないところであるけれども、被告本人尋問の結果によると、右登記は、連合会に法人格がないため、常務理事として業務執行の中心となつていた被告の名義が形式上使用されたものにすぎず、被告が本件建物に居住した事実はないことが認められ、さらに、成立に争いのない乙第三、第四号証の各一・二、第六号証、原告本人及び被告本人の各尋問の結果によると、昭和三五年七、八月ごろ、それまで直接には本件建物の居住者である中村豊、番場征が支払つてきていた本件土地の賃料を、連合会が直接支払う旨原告に申出たことから、本件土地の賃貸借関係について原告と連合会との間に争いを生じ、原告は、個人としての中村豊、次いで番場征に賃貸したのであつて、連合会に賃貸したことはないと主張し、連合会に譲渡承諾料の支払を要求して、連合会からの賃料の受領を拒絶し、これに対して連合会の代表者としての被告は、中村は連合会のために賃借したもので、本件建物が当初は中村の、次いで被告の名義で登記されているのは連合会に法人格がないためにすぎず、本件土地の賃借人及び本件建物の所有者は一貫して連合会であつたと主張して、承諾料の要求を拒絶し、同年一一月分からの賃料を連合会の名義で供託したことが認められる。なお、被告が業務執行の中心となつていた常務理事という範囲を越えて、たとえば個人会社とその主宰者のように、連合会との間に占有主体としての実体を同一視できるような特段の事情が存在することを認めうる証拠はない。以上のような事実関係のもとにおいては、仮に連合会が本件土地の賃借人であつたと仮定したうえで、被告が連合会の業務執行の中心となつていた常務理事であり、昭和三二年七月一一日本件建物が被告の名義に登記され、被告が昭和四〇年六月一四日に連合会から退職金がわりに本件建物とともに本件土地の賃借権を譲り受けたとの事実を考慮しても、賃貸人である原告の承諾なしになされた本件土地賃借権の譲渡をもつて原告に対する背信行為にあたらないとするに足りる特段の事情が存在したとすることはできないものというべきである。

被告は次に、原告が一〇余年にわたり本件土地につき所有権の行使をしなかつたというけれども、被告が本件土地の賃借権を取得したのは昭和四〇年六月一四日のこと(原告への所有権移転登記の日は昭和三二年八月二一日であり、証人高橋久の証言及び弁論の全趣旨によると原告が本件土地の贈与を受けたのはその登記原因の日付である同年七月三〇日と推認される。)であり、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三及び被告本人尋問の結果によると、被告は本件土地の使用関係についてその後しばしば原告と交渉したが、話合いがつかないまま、昭和四四年二月一三日被告から訴外小島貞への借地権譲渡につき、貸主の承諾にかわる許可を求める借地非訟事件の申立をし、その手続内においても原告から賃借権の存在を否定されていたのであるから、被告は、昭和四五年一〇月一日の本訴提起当時、原告が被告に対し本件土地所有権を行使する意思を棄てておらず、いずれはこれを行使するであろうことを予想すべき情況にあつたものというべきである。

その他、原告の被告に対する本件土地明渡請求をもつて本件土地所有権の濫用と認めうるような証拠はなく、被告の権利濫用の抗弁は理由がない。

四  以上のとおり、被告の賃借権の主張及び権利濫用の抗弁はいずれも理由がないから、被告は、本件土地の所有者である原告に対して、本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ本件建物を取得して本件土地の占有を始めたときよりのちである昭和四五年一〇月一三日(訴状送達の翌日)から右明渡ずみに至るまで被告の認める三・三平方メートル当り月五〇円、すなわち一か月一七一八円の割合による賃料相当損害金(原告主張の額のうちこの割合を超える部分については立証がない。)を支払うべき義務がある。

よつて、原告の本訴請求は、被告に対し右の義務の履行を求める限度において正当として認容し、その余の部分は理由がないから棄却し、また、被告の賃借権確認の反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

別紙 目録<省略>

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